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    21世紀へのサバイバル・プラン ~アフター・コロナを生き抜ける日本語学校とは~ 

    2024年 初春
    ベトナム教育訓練省認可校
    すばる日本語学校 藤澤 謹志

    平素より大変お世話になっております。

    さて、3年かかり、ようやくコロナパンデミックも収束し、24年を迎えました。ただ、日本語学校を取り巻く「学生獲得」環境は年々厳しくなっているのではないでしょうか。それは、もうかなり前から所謂、漢字圏3国からの留学生に日本が選ばれなくなり、その危機を救ったベトナムにもここ数年、応募学生数に陰りが出て来て、今は、ミャンマーやネパールなどの元々留学に実績のなかった国々に(数年前のベトナムと同じように)期待せざるを得なくなっていることからも感じます。

    人口規模から見ても、今のミャンマーやネパールなどからの学生応募増は、あと5年続くものとは考えにくいです。ミャンマーは、元々上座部仏教徒で祖国愛が強い国民性なので、今の軍人政権が過去と同じ轍を踏み、経済の衰退と共に国家運営を放り出せば、一挙に状況は変わるでしょう。そして、5年後くらいに、ミャンマーやネパールなどからも来なくなった時、次は、どの国からの学生が日本留学を支えてくれるのでしょうか。そして、その次は・・・。これは、30年前の繊維産業のように、高確率で、Dead End(或いは大規模な淘汰)に向かう下り坂の一本道のように思えてなりません。

    一方、USAなど欧米圏への留学熱の高さは、高額にもかかわらず堅調です。これが意味するものは「日本留学に行っても、いい大学など入れないし、ましてやSONYやトヨタなどの大企業に就職など夢のまた夢。投資に見合うゲインが見込めないし、将来も明るくない」と言う認識がもたれてしまったからではないでしょうか。日系大企業は、20年前ほどの勢いはないものの、未だ高いポテンシャルを維持しているにもかかわらず、それに繋げられない教育システムと品質レベルは、このグローバル競争の時代において、残念なことだし、もったいないことです。

    その理由を「非漢字圏生徒は、漢字が出来ないから」とか「バイトばかりで勉強しない」等々、生徒側に責を負わせるだけでは、問題解決には、いつまで経っても、ならないはずです。

    また、国家レベルでは、地方での恐ろしいほどの人口減少に晒されながらも、移民受け入れに正面から対峙することも避け続けています。そして、少子化による人材不足問題に対し、93年から技能実習制度をこしらえ、それがいかに受け入れ先で労働問題が発生しようとも補習教育もカウンセリングもせず、期間限定の単純労働者ばかりを補充しようとする小手先政策に終始しています。技能実習制度の問題を解決しないまま「特定技能」と看板を変えましたが、この制度が今後安定して日本の産業を下支えすることに機能し、貢献するのかはかなり疑問です。日本は、本来、アジアのリーダーとなり、アジアを牽引するべき立場にありながら、その利が活かせず、過去の栄光を懐古し、ずるずるとステータスを下げ続けている状況です。

    そして、それに応募する「出稼ぎ希望者」は、お金が目的です。20年前程の経済格差があれば、それも一定の効果はありましたが、日本人の収入が殆ど増えない上に大幅な円安と途上国の経済成長で効果や魅力は激減しています。それに加え、現在は、韓国や台湾など以外に欧州や豪州・カナダなどの先進諸国が国際人材獲得にASEAN諸国に乗り出してきています。そういう状況で、資金力とアジアのネットワークを持つ中国が本格的に参入してきた時、出稼ぎ国としての日本の位置がどうなるかは、火を見るよりも明らかでしょう。

    そもそも、この国際人材獲得競争の幕が開いたステージに立ちながらも、いまだ移民に対するマイナス・イメージが社会に根強く残り「とにかく反対」と言う声や感情論が多い日本です。それに比べ、元々移民国であり、差別はなくならないとしても様々な法整備が整い、元移民が自治体の首長とか政治家になって、法律で権利が守られているという言わば、移民に対する経験値のある国とでは「選ばれるかどうか」と言う心配より先に、同じ土俵にすら立っていないわけですし、勝負にならないと言わざるを得ないでしょう。
    何か新年早々、暗いお話ばかりで恐縮ですが、こういう先の見えない状況においてこそ、時代の流れに身を任すのではなく、どうすれば未来を明るくするのかを考えなければなりません。
    私は、今が良くないということは、これまでやってきたことが正しいものではなかったという前提に立ち、敢えて逆の手を張ることが今こそ、検討すべき時と考えます。
    つまり、これまでの日本は、移民(外国人)達に納税も産業の下支えもしてもらっているにもかかわらず、彼らを日本人より下の者とみなし、日本語もしっかり教えず、単純労働・安月収で長期間働かせてから40歳くらいで本国に送還(帰国)するような“愚民”獲得政策を採ってきました。実は、留学生に対しても概ね同じような状況ではないでしょうか。非漢字圏の学生で、志望の日本の上位大学に合格できたり、大企業に就職できたりした留学成功者は、いったい何%になるのでしょうか。そして、SNSの時代ですから、そういう夢破れた先達が発する寂しい状況が広く浸透し、それが、日本の低評価に繋がり、結果的に、選ばれなくなってきているのだと考えます。

    それであるなら、思考を180度転換するのはどうでしょうか。

    具体的には、『現地で大卒の学生達を募集し、現地と日本の日本語学校で鍛え上げ、いい会社に就職させ、そこで活躍してもらう』という流れです。それなら日本(日本語学校・会社)にとっても彼らにとっても良い「三方良し」が実現できます。
    現に、ご存知のようにUSAを牽引しているGAFAなどの世界企業のCOEの多くが移民か元移民の方々です。そういう方々がUSAを牽引し、生み出す巨万の富でUSAは世界一の富裕国に位置するのです。一方、日本には、そういう移民が起業した大企業は生まれませんでした。移民の方々が持つ、ハングリー精神と向上心や成功への熱量は、群を抜いています。そういう途方もないエネルギーをバイト作業や単純労働で消費・消耗させてしまい、高い日本語力やスキルや専門知識や資格を持たせることができないのは、お互いにあまりにもったいない話なのではないでしょうか。
    幸い、アジアにおいては、まだ日本は敬意と親近感を持たれており、様々な面でのアドバンテージを持っています。しかし、そのアドバンテージは、一部のアニメキャラクター以外、あと20年もすれば、過去のものとなっているかもしれません。
    こういうと「現地で大学卒の学生を募集するなど、難しいのではないか」と言うご意見が出て来るかと思いますが、ベトナムにかかわらず、途上国の大卒の就職率は、あまり高くないのが実情です。つまりそこそこの知能も体力も(ある程度の家庭の資産も)ありながら、その若さを社会で活かせていない青年が少なくないのです。その青年達に対して「日本語をN2かN1まで取れば、日本での就職の道が拓けますよ」という募集宣伝を行うわけです。
    また、そういうと今度は「ベトナム人でN2は難しい。ましてやN1など無理」と言われるかもしれません。しかし、それは、N5レベルで入学させるから、そうなるわけであって、大卒の基礎学力や英語力のある子を現地でN3或いはN2レベルまで習得させた状態で、日本で受け入れれば、全く違った好結果になるはずです。
    あと、日本語力が高ければ高いほど、良い会社に入れるということがはっきりしているわけですから、モチベーションも全く違います。日本語学校の授業も居眠りする子など皆無で、熱を帯び、真剣そのものの授業が展開されることは間違いありません。
    それが本来の日本語学校のあるべき姿なのではないでしょうか。学校である限り、学業(授業)で勝負するところでないと、教職員も遣り甲斐をなくし、生徒も学業意識が薄弱になり、その本来の輝きを喪失します。今こそ、その輝きを取り戻すべきです。
    もちろん、それには就職先(企業)との協力体制も組めなければなりません。そうすれば、入学してすぐからバイトもできますし、会社から安価で快適な寮のご紹介やN2やN1合格や入社時のお祝い金などの様々なサポートもしていただければ、学習意欲も高まり、会社への愛社精神も育めるでしょう。
    「会社などが協力してくれるだろうか。ましてや大企業が」と言うご意見もあるでしょう。しかし、このスキームで獲得できる「技人国」ビザを有する高度国際人材を最も必要としているのは、他でもない企業なのです。その最も困っているところが「いい人材がいない」と手をこまねいているだけとは思えません。

    高度国際人材など、ごろごろいるわけもないし、いくら政府が欧米に負けじと、ビザ要件を下げたり、永住許可を緩和したりしても、この発展が望めない高齢者大国日本に、世界100位内(ちなみに日本は東大と京大のみ)までの有為な国際人材が大挙押しかけて来るはずもないのです。それなら、こちらで現地と日本の学校と企業とがスクラムを組み、三者で日本のマインドを持ったアジアの高度国際人材を養成しようではありませんか。

    高度国際人材(国際幹部候補)がほしいのは、飲食・介護・宿泊などの人材不足で特に困っている業界だけではなく、メーカーや商社やIT企業など広く産業界全体も同じです。学生の質が向上するに伴い、そういった大企業もスクラムに加わって頂けるようになれば、更に経営も安定しますし、社会的ステータスも上がります。

    時代は、大量生産・大量消費というフェーズから、SDG‘Sという持久可能性の追求に大きく変ってきています。それは地球規模で始まっているムーブメントであり、環境だけの問題ではありません。人材も同じです。そんな時代に、人材の使い捨てなどしていては、絶対に国際競争で勝てないだけでなく、世界の成長の阻害要因にもなりかねません。そうではなく、「人という最高の資産」を磨くことで、その人が成功し、家族を持ち、発展し、それが大きなムーブメントとなった時、日本も衰退や人口減などという病から回復し、再生することにつながっていくはずです。
    日本語学校は、日本の国際化の最前線に位置します。そのため、そこには、そういう社会性を持ち、日本に貢献できる「鍵」が、まだ手の中にあると考えます。それを(学生が来ないからと)捨ててしまうのか、磨き上げて、新たなステージの扉を開けるのか、それが「ラストチャンス」として、試されている時代に立っているのではないでしょうか。

    最後に、もし幸いに、このプランにご関心なりお持ちいただければ、是非、協働に向けて更に詳細なご相談をさせて頂きたいと存じます。